2025年12月19日金曜日

「ジョン・レノン 運命をたどる」

 




Why? なぜ?

ひとが突然に命を奪われるような事件があった時
常にその問だけが、永遠に残される。



ジョン・レノンは有名になりたかったファンに殺されたことになっている。
あるいは気の狂った男が殺人を実行しただけと断定する者も多い。

あの時代、ロックはただの歌ではなく社会改革の一端を担った。
若者を大人の常識から解き放つ音楽だった。
なかでもジョンのメッセージは国境を越え
何万人の人生や価値観を変える大きな力があった。
それだけにジョン・レノンの死は何を意味するのか
頭から離れなかった。

セントラルパーク追悼集会の群衆の中には
<WHY>というプラカードを掲げる青年たちもいた。
<WHY>の大きな文字に応じるように
わたしはその答えを40年以上追ってきた。

「はじめに」より


青木冨貴子の著書は4冊目、かな?
彼女の書く本のテーマが気を惹くので手に取るのだけど
なんとなく読み通して終わりってなってしまうこと多し。
だけどこの本は面白く読んだ。

というか、ジョン・レノンをちゃんと読んだことなかったから。
ヨーコさんについても同じ。
二人の生い立ちと出会い、NY、軽井沢での暮らし
創作活動、政治とのかかわり。ひととなり。

そし1980年12月8日。


ビートルズ世代のジャーナリスト青木冨貴子が
ジョンの殺害に衝撃を受けて<なぜ>と思い
殺害犯マーク・チャップマンの判決公判も傍聴している。
最後の申し開きに愛読書の一節を朗読するチャップマンから
<なぜ>の答えは得られない。

服役するチャップマンにインタビューを申し出るのが1983年。
はじめて面会したのが2019年。
長いながい問いかけ。<なぜ>






ビートルズの曲を初めて耳にした時のことは覚えている。
中学1年だった。
昼休みの掃除の時間に音楽室の床を掃いていたら
スピーカーから「Let It Be」が降ってきて
一緒に掃除していた誰かに
これなんて曲?って尋ねた。
学校で流れる音楽を気にしたことなんて
一度もなかったんだけど。

しばらくしてレコードプレーヤーを買ってもらってから
洋楽を聴きだした。
ビートルズはリアルタイムでは知らないので
集大成みたいな赤盤・青盤を買って聴いて満足してたのかな?

ソロになってからのジョン・レノンは
リアルタイムで聴ける洋楽のスターで
心の壁、愛の橋」はジャケットも気に入って部屋に飾ってた。
LP、手放さず持っておけばよかったな。
ダブル・ファンタジー」も発売されてすぐ買っていたので
「12月8日」のニュースには驚いた。

聞いたのは、たぶん12月9日の午後遅い時間で
ほんの数時間前に起こった出来事。


大学のサークル室で友達何人かと話をしてた。
つけっぱなしになってた白黒のテレビからのアナウンサーの声で
会話が中断して、でも、誰もがどう反応していいかわからない感じで
なんとなく話が続かず沈黙したままバラけた。
嘆き悲しむほどのビートルズど真ん中というわけではなかったし
海の向こうの伝説のようなスターが亡くなったという話なんだけど
でも<なぜ>は胸の中に残ったと思う。




チャップマンはキリスト教団の提案で手記を書いている。
本人がパンフレットと呼ぶように、小さな冊子のようだけれど
100万部以上印刷されているという。
タイトルは
「ジョン・レノン殺害 あの晩、本当になにがあったのか
…そして(WHY) 」

マーク・チャップマン本人すらも<なぜ>だ。



チャップマンは自分をNobody=価値のない人間と思っていて
Somebody=ひとかどの人物になりたいと思っていた。
パンフレットの中で語られる自伝を読むと
ごくありきたりな無名の80億人のなかのひとり=Nobody
でしかない男が何者になろうとしてたんだろうなぁと虚しくなる。
誰もが知りたい<WHY>の答えなんかないんだよね。

びっくりするような凶悪な事件が起きると
犯人は<なぜ>ってなるけど
いつもその問を立てること自体無意味なんじゃないのって思う。
だって、そうかなるほどそうだったのかって
納得、肯定できるはずないんだから。
腑に落ちてはいけないんだから。


殺害の事実をよどみなく語り
ジョン・レノンの身に引き起こした苦痛については
無関心でいられる彼の精神が
いまなおわたしの理解の及ばない領域にあることが実感できる。

第9章より



そう、理解できなくて良いんだよね。
理解できないことに安堵すれば良いこと。


<WHY>の直接の答えではないけれど
オノ・ヨーコの1990年の言葉が記憶に残る。


ジョンが亡くなった後
これは陰と陽の関係だとわかったのね。
世界平和を願い、主張するということは
必ずマイナスの暴力というものを引き付けるんだと。
……平和を主張できる立場にいながら
それをしないということは、私たちにはできなかった。
だから暴力を引き付けてしまったんでしょうね。

「PLAYBOY」1990年2月号



東洋人的な感じ方かもしれないけれど。







・・・・・・・・・


話はおおきく逸れるんだけど。

いま行われている山上徹也の裁判。
被害者夫人のコメントが流れてくるけど
彼女の言葉の中には<WHY>は見当たらない。


私も事件を知っても
<なぜ>って、思わなかった気がする。
上で書いた「腑に落ちてはいけない」に相反するけど。


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