2025年9月26日金曜日

ロバのいる風景




ツイッターで旅するロバの姿をずっと眺めている。



ロバって、姿がとても佳い。

身体の割に大きな頭。
フォルムというのかプロ―ポーションが愛らしい。
大きな瞳、長い耳。お伽噺のキャラクラ―のようだし。

ひとの隣に並んで目を合わせられるくらいの体高とか
サイズ感がひとに脅威を与えないような気がする。

ラクダ飼いのアラブ人が
一緒に旅するならロバが良い、フレンドリーだ
というくらいの穏やかな性格らしい。
で、力持ちのタフネスで
ひとの生活の伴侶にこれ以上の動物はいないような。

まあ、勝手なイメージだけど。
なのでクサツネを愛でながら楽しみに見ている。






2冊目のロバ旅本。
特に感想はありませんw
あ、ロバは可愛いです。見せてもらえてうれしいです。

前にも似たようなSNS発の旅行記読んだ時と同じことになるけど
SNSと書籍はぜんぜん別のメディアと思うだけ。

刹那刹那で発信され消費されていくネットと
時間をかけて記され繰り返し推敲されてゆく書物では
言葉の解像度も錬成度も熟成度も雲泥の差だしね。









ロバのいる風景に誘われて
映画「EO イーオー」。
アマプラで。
観た。


2025年9月25日木曜日

夏に属する秋/フクロミモクゲンジ





東京都心でも30度をわずかに下回り
湿度も低めだったので
今日はまさに“夏に属する秋”だった。



小石川植物園のHPを見たら
フクロミモクゲンジが開花情報に上がっていて
今日は午後から風もでるようだったし
もしかしたら絶好の金色雨日和なのでは?と。

花はまた来年も咲くけど
そしていまや一年なんてあっというまに経つんだけど
花降る時は短いから今年は見逃したくなくて。

午後二時に着いて園内を見ると
正門のすぐ近くの坂道が黄色く染まっていた。


花を踏みながら見上げるとGolden Rain。




桜吹雪とは違う、こちらは大粒の夏の雨。

植物園奥の、雑木林の端にあるモクゲンジに向かう。


こちらはまだ散り始め。
見上げる樹冠が満開。
秋のうろこ雲に届きそうな高木。


初めて見たときも
こちらが散り盛りのタイミングで
門脇の個体はすでに袋実をつけていて。
おなじようなタイムラグが面白い。

植わっている場所の違いなのかな?
どちらも高木なので陽当たりとかに差はなさそうだけど。
でも、ソメイヨシノみたいにクローンではないから
個体差があるんだろうな。
三鷹にみつけたフクロミモクゲンジは
まだまったく開花してなかったし。

この週末も夏に属する秋が続きそうだから
金色の雨が降るだろう。

花が散るって、寂しいイメージだから
散る花にわくわくできるって、稀有な花木ね。





2025年9月22日月曜日

秋の花

 

シュウカイドウ(秋海棠)
大好きな秋の花。

ベゴニアの仲間とは思えない楚々とした花姿。

5年前に苗を買って
ここに咲いてほしいな、と思う場所に植えたんだけど
お気に召さなかったらしく夏の終わりに姿を消していて。
根付かなかったかぁ、とがっかりしてたら
セイヨウニンジンボクの後ろに生えてきて
今年は花が咲いた。嬉しい。
嬉しいけど、羊歯やらなんやらかき分けないと
お姿を拝見できないのであります。

地下茎とムカゴで増えるので
実は庭のあちこちに春先芽吹いていて
鉢に植え替えて育ってくれてるのもある。
今年の暑さがきつくて鉢植えのは葉焼け起こしたりして
今は小さくなってるけど、5年前の小さな苗ひとつを考えたら
ずいぶん自由に庭に根付いてくれてるな。
繊細そうな見た目なんだけど、かなりタフみたいね。


植物って、ほんとうに思うようにならない。
私の世話する能力が足りないからなんだけど
ほんとに季節が変わるごとに意外な発見があって面白い。





いきなり秋が来て
あちこち行きたいところが思い浮かんでそわそわする。
ほら、夏に属す秋も、もう過ぎ去ってしまったじゃないか。
フクロミモクゲンジが咲き始めてるから
金色の雨が降るのを眺めに行きたいし
シュウカイドウの咲く疏水の道も歩きたい。
ソバの畑も見に行きたいし。


なのに、喉風邪をひいた。
なんか今年に入って喉風邪パターンが多いな。
去年までコロナ警戒して風邪もひかなかったんだけど
いろいろ肩の荷が下りて気が緩んだかな。
いつもの耳鼻科へ行って診てもらって
PCR検査もしてもらった。
7月の、まさかの罹患があるから念のため。

陰性。

いつもの風邪ってわかれば安心して過ごせる。
PCR検査くらい、あたりまえに受けられるようにして欲しい。
いまだにPCRやってませんなんていう医院が多いのわけわかんない。

この安心があるだけで暮らしの質がかわるんだから。


2025年9月12日金曜日

声が強すぎて

 



この写真好きなんだけど
雑誌の表紙とはいえ面出しで飾ると
祭壇みたいね。




ひさしぶりにチバのこと。

私はチバを聴くとき
ミッシェルの最後期くらいからTheBirthdayの初期
イマイさんがいた頃くらいの曲を聴くことが多い。
特に意識して選んでる気はなかったんだけど。


Youtubeで音楽雑誌の編集者とライターが
チバのキャリアの話をしていて面白かった。

ミッシェル時代は
もちろんチバの声ありきだし
楽曲作りはチバの持つイメージが大きいのだけれど
バンドを牽引したのはアベフトシだった、という話。
ミッシェル後期でリズム隊が力をつけて存在感を増し
チバもギターが上手くなって
バンドのバランスが変化したこと。

前期ROSSOは3ピースバンドだったので
ここでチバがギターを開花させただろうこと。
後期ROSSOで歌うことの比重を上げて
前期TheBirthdayへ向かうこと。

後期TheBirthdayでは
若かったベースのハルキ君が力つけて
ギター巧者のフジケンが入って
チバがボーカリストであることを自覚して
バンドとして洗練された、ということ。

その話の中で
ROSSO真ん中にしてその前後の楽曲は
「チバの声があまりに強くて」
ということを言っていて。

ああ、なるほどなぁ、と
なにかすとんと腑に落ちた感じだった。


そうそう、だから私はこの頃の曲を好んで聴いてるんだなと。
なにしろ、「ACACIA」でチバに出会ってしまったので。
ミッシェルでも、TheBirthdayでもないし
ROSSO期のチバではあるんだけどバンドの声ですらない。

この強い、強いチバの声が好きなんだな。
まあ、これまで何度も書いてるけど
またまた改めてチバの声が、声だけが、好きと思い知る。


私は音楽の解像度が低いので
バンドの楽器がどう鳴ってるかとかイマイチよくわかってない。
ライヴで対バンの音なんか聴けば
違いも感じるしTheBirthdayの音はカッコいいなと
思ったりもしたけど
基本チバの声さえ聴ければ良かった。

もちろんTheBirthdayの音にのるチバの声は
最高だったけど。




この間、ソノさんに
TheBirthdayのツアー行きますか?」ってきかれたけど
もうそこに私の聴きたい音、声は轟いてこないからなぁ。
行く理由がないんですよ。







2025年9月6日土曜日

増えたり減ったり




雨に散らされた百日紅の花が
地を覆うワイヤープランツの上で咲く。

雨の景色は良いな。




お向かいの家に新しい家族が引っ越してきた。
台風一過のお天気で良かったね。

引っ越しの気配を聞きながら思い出す。

前の住人Tさんはご夫婦で越してきて
女の子が生まれ男の子が生まれて
上のお子さんが小学生になる春に転居された。

その前のSさんは60代のご夫婦ふたりだった。
奥様が亡くなられて、ご主人はマンションに引っ越された。

それから私たちがこの家に引っ越してきた時のことも。
いやだ、もう17年もここに住んでるのね。

それぞれの家で家族が増えたり減ったりする。
それを眺めて、ときどきびっくりする。
なにに?


今日引っ越してきたKさんは若い家族。
増えていくほうの家かな。



 

2025年9月1日月曜日

夏に属する秋

 





晩夏、では情念が濃すぎるし
初秋、では淋しさに馴染んでしまいそうだし。


そのはざまにある季節の言葉はあるのかな。
暦では処暑っていう頃だし
季語でもなにかありそう、なんだけど
私は「夏に属する秋」という言い方のニュアンスが好きで。


陽射しの熱は衰えはじめ
透明な光を頬に感じながら
ふたりでピクニックに出るのが似合うある一日。
そんなイメージなんです。
淋しくなるにはまだ数日の猶予がある。


今年は気温が高すぎるけど
夏に属する秋のうちに
少しだけ遠いどこかへ出かけたいと思ってる。
9月になったしね。