湯呑に梅干しをひとつ。
味噌をティースプン一杯。
熱いお湯を注ぐ。
梅干しを崩し、味噌を溶きながら飲む。
喉から食道、鳩尾のあたりへ柔らかい温かさが滑り降りて
おへその上のお腹がふわっと温まる。
おいしい、とカラダが言う。
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昨日今日と、午後から雷雨になって
いっきに空気が冷えて過ごしやすくなったけど
湿度はそこそこあるから
うっかりすると身体が冷えてしまう。
お風呂をわかして入ろうか。
まだ3時だけど。
低気圧のせいか頭が重いし。
午前中に剪定したローズマリーがあるから湯船に入れよう。
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夜は温かいものが食べたいな。
博多うどんがあるからぶわぶわに柔らかく茹でて
ざくっと切った葱もさっと湯に通して
薬味じゃなくて具としてたっぷり。
近所のお肉屋さんの美味しい牛スジの煮込みがあるから
それをのせよう。
最近はしこしこつるつるの讃岐うどんではなく
コシなんかどこ行った?みたいな
ほどけた博多うどんが食べたくなる。
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最近はこういう養生的なことを
身体が素直にヨロコブのを実感する。
父が若い頃から神経痛を患っていて
鍼灸から漢方やらあれこれ試していたので
馴染みはあるんだけれど
若い身体はエナジーに満ちて強靭で
優しい養生を必要と感じとる繊細さがなかった。
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繊細になった。
歳をとったのだ。
*
歳をとるというのは
ブッフェ形式の食事に嬉しさを覚えなくなること。
種類も量も金額も、もう自分に合っていないと感じること。
歳をとるというのは
魚の食べ方が下手になること。
取り損なった鮭の小骨が口の中で逃げ回って
うっかり飲み込みそうになって冷や汗をかく。
歳をとるというのは
箸を指の延長のように使えなくなること。
プチトマトが
箸先を滑って逃げ出してテーブルを転がる。
豆腐が崩壊して落下する。
歳をとると鈍くさくなる。
気を付けて食べているのに食事が終わってから
シャツの胸元にご飯粒がカピカピになっている。
たらりとお出汁がちいさな染みをつくっている。
指先も唇もなんとも鈍い。
料理だってそうだ。
家庭の料理は8割がた段取りと手際だと思うけど
合わせておくべき調味料を一つ忘れて
慌てて足して餡がダマになったり
茹でた素麵を笊に上げるつもりで
隣の鍋の鶏茄子のだし汁を笊にぶちまけたり
煮物に火を入れてる間に流しの洗い物をしようとして
ボウルに勢い良く流れ落ちた水が
洗剤の泡ごと弧を描いて煮物の鍋に飛び込んだり
右手でフライパンを振りながら
左手でコショウを取ろうとしたら
ガスレンジに炒飯ぶちまけたり
ちょっと笑っちゃうくらい鈍くさい。
もう、器用な真似はしちゃダメだなと思う。
アレ作りながらコレも作るとか
右手左手別のミッションこなすとかやめて
ひとつひとつ。
鈍くさくなった自分慣れてゆこう。
こうやっておばあさんになってゆく。







