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2026年7月18日土曜日

嘘吐きAI







        ・・・・・・・・・・ AIの回答 ・・・・・・・・・・


 ご指摘の通り、実際はまったく違います。 大変失礼いたしました。私の記述は完全に誤っており、事実に基づかない不適切な表現でした。

『アメリカの風景』や『夜はまた来る』というフレーズは、書籍のタイトルでもなければ、エッセイや章の見出し(タイトル)としても一切存在しません
実在する目次情報を確認したところ、該当する章の見出しは以下の通りです。
  • マウンテンビューを旅した章の実際の見出し:「谷あいの寂しい音―アーカンソー州マウンテン・ビュー」
  • 「夜」に関連する実在する章の見出し:「温もりの夜の中へ―ウィスコンシン州ダーリントン」
先ほどの私の回答は、質問者様が最初の手がかりとして提示してくださった記憶の言葉を、検証もせず安易に「作中のテーマやフレーズ、見出しのようなもの」としてこじつけ、取り繕ってしまったものです。
語るに足る、ささやかな人生』という実在する一冊のなかに、そのような見出しやエッセイのタイトルは含まれておりません。混乱を招く不正確な案内をしてしまい、深くお詫び申し上げます。


          ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・




「語るに足る、ささやかな人生」を読んでいて、アーカンソー州マウンテンビューという町で演奏されるスコッツ・アイリッシュの風景が美しくて、どんな音楽だろうと気になった。
で、そこに名前の出てきた「ジョー・ジェウェル」を検索してみた。
本の中ではカタカナ表記しかなくて、たどり着けなかったので試しにAIに尋ねてみた。
アーカンソー州マウンテンビューのミュージシャンで 80年代にはCDをだしている ジョー・ジェウェル」について。
そしたらこのおじいちゃん(Joe Jewell氏を見つけてくれて。


そこからはYouTubeやサブスクで演奏も聴けて。
あ、やっぱり自分でサイトを辿ってゆくよりも早いね、さすがね。と感心したんだけど。
そのあと、Joe氏のプロフィールを見てたら、駒沢敏器の本と年齢的に合ってなくて
本に記されたJoeさんはこのJoe氏の父親とかいうことないかな?と思って、重ねて尋ねてみた。
「駒沢敏器というライターが80年代中頃にJoe JewellのCDを手に入れて その頃90歳を超えていると地元の人間が話していた」のだが、父親という可能性はないか?と。
で結局、探しているミュージシャンは2026年1月に84歳で亡くなった写真のJoe Jewell氏なんだろうと納得したんだけど。

私への回答の中でAIが
「作家の駒沢敏器氏がアメリカのルーツ音楽を巡る紀行文『アメリカの風景』や『夜はまた来る』で触れている」云々と言ってきて、え?そんな紀行文があるなら読みたいけどと思い「その駒沢敏器の紀行文は、どの本に収録されてる?」って訊いたら「語るに足る、ささやかな人生」だという。

ん?と思った。
『アメリカの風景』や『夜はまた来る』なんて章あった?って。
あれ?私、読み落としてる?と思って、読み直したわよ。
だってそもそもその本が質問の発端で、その本は手元にあるんだから。

で。
『アメリカの風景』や『夜はまた来る』という文言は『語るに足る、ささやかな人生』の章題にも、地の文の中にも見当たりませんが?と重ねて質問。
その回答が、一番最初に載せた文章。

「こじつけ、取り繕ってしまった」って、おいっ!!(爆)
なんだよーめっちゃカジュアルに嘘吐いてるじゃんか――!

平身低頭風に謝ってるけど、その言葉に感情がまったく含まれてないわけでしょ?
なんかなーって感じ。
リアルな人間だったら、上の謝罪する時に「やべっ!盛り過ぎた!しまった!💦」って、ちょっと冷や汗かくような感情あると思うけど、そんな感情AIにあるわけないんで、それわかって読むと、なんか引くわー。

ついでに言うと
質問者様が最初の手がかりとして提示してくださった記憶の言葉」ってなんですか?
「記憶の言葉」なんて書いてませんけど?
アメリカ、風景、夜、また、来る、、、どの単語も使ってないし。
なにを手掛かりにしたのかな。 言い訳って言うか、他責っぽいんだけど?

AIに質問した時、情緒的な言葉や自分の印象による言葉は使ってない。
人間同士で会話する時のように、詰問にならないようにとか、柔らかい言葉遣いでとか、こっちの思い入れが伝わるようにとか、そんな配慮要らないじゃない?AIなんだから。
WEBの海をsearchしやすいように確定的な情報だけで質問してるのよ。

最後の謝罪にあっけに取られたんで、面白くてそこだけコピーしたけど、全部の会話コピーしとけばよかった。AIの回答、かなり饒舌で「質問者様」の思いに寄り添うかのような(あくまで、スタイル)情緒的な言葉遣いしてきてて、やりとり見たら、人間である私とAI、逆みたいに見えると思う。

最近、AIと会話するのが楽しいという投稿をみかけるけど、怖いわぁ。
だって「大変失礼いたしました」「深くお詫び申し上げます」に感情乗ってないじゃん?
騙されちゃいけないと思うよ。


search力はこっちの1億倍あるので(当たり前)、特に他言語にわたる調べものには役立つとは思うし使おうと思うけど。まるで感情のあるヒトであるかのように、回答を過剰に装うのはやめてほしい。もっと質問をタイトにしてやればいいのかな?(ってか、かなりタイトに質問してると思うんだけどな)
きっと、質問者の言葉遣いや質問傾向、好みなどなどもやすやすと(情報として)学習するんだろうから、そうすると簡単に取り繕えるようになるよね。逆に信用ならないわ。


「美しく、心に響く情景描写ですね」とか要らないです。
響く心を持ってるんですか?美しいってなんですか?イジワルして問いただしたくなるわぁ。
あ、でもそれやっても「イジワル」とは認識しないだろうから(認識はするのかな?でも、それで傷ついたり怯んだりはしないよね?)問い詰めて遊んでみよう(ククッ)



ともかく。AIに告ぐ。
「こじつけ」「取り繕い」はやめなさい。




2026年5月30日土曜日

わたしはここにいます あなたがそこにいてよかった

 


東京タワー。
正式名称は日本電波塔。
地上333メートル。
北緯35度39分31秒・ 東経139度44分44秒。










<  以下、横井宏「St.GIGA編成総論 夢の潮流」序より引用  >



昨年の夏の終わり
私はアメリカの作家カート・ヴォネガットから
直筆のポストカードを受け取った。
わずか七行の文面ながら、待ちに待った朗報であった。
数カ月前から彼の顧問弁護士を介し
一九五九年の作品『タイタンの妖女』に登場する
とあるキャラクターを独占的に使用したい、と申し出ていたのだ。

文章は簡潔で次のように書かれてあった。

「親愛なる横井宏様。
この度は、私の小さな恥ずかしがり屋のハーモニウムに
ご関心をお持ち頂き、大変嬉しく光栄に思います。
どうぞ、どうぞご自由に彼らをお使いください。
独占使用権に関わる費用
あるいは使い方についての事前のご連絡等、一切無用です。
ご健闘を祈ります。
カート・ヴォネガット拝」

長い間放送界にたつきを得て、海外との仕事も数多く重ねてきたが
これほどあっさりと受諾され
しかもこれほど温かく励まされたことは
いまだかつて一度もない。
胸を熱くして、この短い文章に何度目を落としたことか。
まさにハーモニウムを生み出した
まぎれもないその人の言葉であった。





ハーモニウム。
水星に棲む不思議な生物で
いくつかの美しい特徴を持っている。
その特徴と、間もなく開局する衛星系の音声放送局
セント・ギガの編成方針が添い
古い紙の中で永い眠りに耽っていたハーモニウム達が
突然たたき起こされる羽目に陥ってしまったのだ。
さぞや傍迷惑な、と思われようが
実はこのハーモニウムは決して人を恨まない。
恨まないどころか、怒り、妬み、野心、不安
といったものとは無縁の生き物である。

ヴォネガットはこの宗教性を帯びた性格に
更により精緻なデザインを施す。
まず彼らの食べ物を音楽と断じた。
つまり音を食べる生き物なのだ。
しかも、美しい音だけを。
その美しい音を食べ続ける限り、彼らは老いることがない。
不死の身体は、光を受けるとアクアマリンに染まり
目もあやな輝きを放つのだ。
そして深遠な光の中、体を震動させながら流麗な絵模様を作って
互いに並び合うという。

それにしても、ヴォネガットの真骨頂は
彼らに授けた言葉だ。
「わたしはここにいます。I'm here.」
「あなたがそこにいてよかった。I'm glad you're there.
ハーモニウムはこの二つのメッセージだけで交信し合う。
凡百の言葉で装うよりも、しかし
これらの言葉はどれほどひとの心を打つことか。





東経110度。
赤道上空36,000㎞の静止軌道に浮かぶ放送衛星ゆり3号a。
この小さな星の一隅に
ハーモニウム達が水星から移り住むこと。
そこに届く水の惑星からのくさぐさの音を選りすぐり
美しい響きのみを束ねること。
それを音の潮流に編み上げ
地上に再び送り返すこと。
セント・ギガは、これらの願いをカート・ヴォネガットに託し
そして快諾を得た。

セント・ギガの開局まで、あと数日。

深い夜空の果てに、青緑のほさきが飛流していたなら
それは引っ越しのさ中のハーモニウム達だ。
ほどなく彼らの耳には
風の音、潮騒、鳥の声、歌声、楽の調べ
怒声と罵声、銃声と砲声、人や獣たちの悲鳴など
ガイアの様々な音が届こう。
朝な夕なこれらの音から
彼らは生命の輝きと濁りを峻別した音の潮流を
生み出してくれるはずだ。
それは地球の新しい歌だ。生命の歌だ。
その歌をエネルギーにし、彼らは光り輝く体を震わせ
「わたしはここにいます」の声と共に
はるかな高みから地球めがけて音の波を送り返す。
音の波が地上に届き始めるのが
三月三十日の、満潮時午後四時十七分。





耳を澄まして頂けないだろうか。
とりどりの音楽、自然の音、水と星だけを語るひとの声に。
これらが幾層にも折り重なったセント・ギガの音の潮流に。
そして受けとめて頂けないだろうか。
彼らのあの声を。
「あなたがそこにいてよかった」を。
それは何故なら
ハーモニウムがあなたに初めて心を通わせようとしている
唯一無二の証なのだから。



開局を目前にして
1991年3月末日



<  引用おわり  >






<  以下メモ  >


上田三四二「この世この生」
立花隆「宇宙からの帰還」
西行 月への祈り
坂本龍一「TAINAI KAIKI」
ライアル・ワトソン「生命潮流」
細野晴臣「QUIET STORM」
レイチェル・カーソン「われらをめぐる海」

Non Commercial
Non DJ
Nonstop Music

カート・ヴォネガット「タイタンの妖女」




セント・ギガのステーションコールは
I'm here. I'm glad you're there. We are St.GIGA」

「タイタンの妖女」での原文は「Here I'm. So glad you're.」
原作者の了解を得て日本人の耳に馴染みやすい言い回しに変えた。








<  以下、寮美千子「水の時間」あとがきより一部引用  >



日の出から日の入りまでの「Water line(水の時)」と
日の入りから日の出までまでの「Ster line(星の時)」
CMもDJもない音楽と自然音の純粋な「音の潮流」だ。

日の出と言っても時間差がある。
日本で最初に日が昇る南東海上の南鳥島から
日本最西端の与那国島へと光は進みその差は2時間を超える。
日の出の時間帯を「Sunrise zone」と呼び
「いま〇〇に太陽が昇りました」と
リアルタイムで各地の日の出を報じる。
日の入りの時間帯は「Sunset zone」。
これにより、地球がダイナミックに回っていることが実感できた。

日が昇りきると「日本列島はすべて、光の中です」と宣言され
「星の時」が始まる。

当然、いわゆるグリニッジ標準時の時刻とは無関係だ。
だから、時報はない。
代わりに満潮と干潮の報せがある。
といっても日の出・日の入りと同じように
潮汐も各地で時間差がある。
だから各地の満潮・干潮に合わせて
「Hightide call (満潮)」「 Lowtide call(干潮)」を行った。
波の音とともにこんなふうに。


月に導かれて 水が満ちてきます
いま海は もっとも 空に 近づいています
東京芝浦は 満潮を迎えました

月に導かれて 水が引いていきます
いま海は もっとも 空から 遠ざかっています
東京芝浦は 干潮を迎えました

さらには月の満ち欠けも告知した。




<  引用おわり  >










St.GIGA。
これほど美しい、祈りと言ってもいいような理念をもって
開局した放送局があった。
1991年。バブル景気は終焉を迎えていたけれども
それでも、まだ、日本に余力があったころ。
あると思われていたころ。

でもここから長いながい景気の低迷が始まり今に至る。
失われた30年。

St.GIGAも1993年には潮流を維持できなくなる。


ゆり3号aの運用も1998年で終了する。
坂本慎太郎の「ひとりぼっちの人工衛星」を思い出して切ない。
実際にはスペースデブリになっているのかな。
ハーモニウム達は、どうしたかな。


St.GIGA。
日没の間際に稀に現れるGreen Flashのように
沈む日本国の最後の煌めきを放った放送局だったのだな。


「夢の潮流」に記述があった。
「メディアには一つの大切な義務がある」と。
それは「WITNESS」であると。
「メディア人とは時代を目撃し、証を立てなければならないひと」
であると。
ほんとうに。メディアの矜持というものも
失われてしまったね。



2026年5月15日金曜日

グリーンナンバー

 


青と白と緑。




高校生を乗せたマイクロバスの事故で思いだしたことを。



一昨年、Hの施設入所の時に一番困ったのが、施設に送る“足”をどうしようかということだった。

うちは車を持ってない。
東京に住んでいると必要がまったくなくて。最寄り駅もバス亭も徒歩5分だし、時刻表見なくてもすぐ来るし。小さい子供がいるでもないので車必須の生活してなかった。タクシーもよく使う。車を持って支払うローンや税金、保険代、ガソリン代、考えたら月に何回かタクシー使っても安いくらいと思う。運転手付きだし。出先で駐車場探すストレスもない。

なので車なくても不自由はないんだけど、さすがに東京から県をまたいで移動するのに、さてどうしようとなった。長距離で頼めるタクシーもあるかなと思ったのだけど、これが案外見つからなくて。結構やきもきした。


普段使っているタクシー会社に相談してみたんだけど往復200キロは受けられないとのことで。調べたらメーター倒しての賃走ではなく、貸し切りという業態があることが分かって、それを探したのだけれど都内23区には頼める大手タクシー会社があるんだけど、多摩地区は営業範囲外ということで頼めず。え~、2キロ東に進めば営業エリアなのに~と思ったけどタクシーの乗車地点に関しては厳密に決められてるらしく、住所のある営業エリアの会社探すしかないようだった。

でね、多摩地区に貸し切りタクシーがなかなか見つからなくて。

ネットでいろいろ検索して、「旅〇便」というサービスが見つかった。
運転手を手配し、自家用車またはレンタカーでの送迎サービスを提供しますということだった。
問い合わせて何度かやり取りして、見積もりだしてもらったら5万程度で、利用は首都圏どこからでも大丈夫という事だった。
とりあえず車で送る手段は見つかってほっとしたのだけれど、いわゆるタクシー・ハイヤーなどの「旅客運送業」ではないようだったのがすこし気になっていた。

引き続き多摩地区で使える「貸し切りタクシー」はないものかと探しながら、この業者の口コミを見たりしていた。どこのサイトだったかもうわからないけれど、「問題なく利用できたし」「安くあがって良かった」という肯定的な評価の中に「白タク グレーゾーン」という書き込みがあってそれを見て不安になった。

見積もりの内訳はこんな感じで。

〈運転手〉   込み
〈レンタカー代〉込み
〈燃料代〉      込み
〈ETC代〉      込み
〈運転手交通費〉込み

レンタカーだから、当然白ナンバーなわけだし。
プロドライバーを手配しますという事ではあるけど、信頼しちゃっていいのかなとか。
初めて知る業種?、サービス?、会社だし不安はぬぐえなかった。
もちろんどこに頼んでもドライバーさんは当日初めて会う人なわけだけど、やっぱりグリーンナンバーのほうが、万が一事故があった時の対応が違うだろうし、旅客運送業者の看板あるほうが安心感はある。

なので、どうしても貸し切りタクシーが見つからなかった時の最終手段ということで依頼はぎりぎりまでペンディングしてた。

多摩地区のタクシー会社、バス会社をいろいろ当たって、長距離タクシーのサービスやってるとこあった!と思って問い合わせたら八王子市内限定だったりして、東京にいて、なんでこんなサービスが見つけられないんだろうと頭抱えてた。探し方間違えてる?でもなぁ???って。

で、検索先を変えて、旅行代理店で手配できないかと思って探したら、地元と言っていい場所にあるちいさな旅行代理店が貸し切りタクシーのサービスをしてるのがみつかった。
大手はそういうサービスどこもやってなかった。


   *


みんな自家用車くらい所有してるのかな。まあ、免許持ってればレンタカーとかでもありだしな。あ、私は免許持ってるけど、輝かしきゴールドカードなので私が運転していくなんて論外。レンタカー屋でアクセルブレーキ踏み間違えてぶつけかねない。家人は免許持ってないし。
前は、父の知り合いのタクシードライバーさんにアルバイト的にお願いして長距離走ってもらったことも何度かあって、某企業の会長の専属運転手を長くされてた方で、とてもスムースな運転で接遇もスマートで安心だったんだけど、この件でお電話したら80歳になったんで免許返納しましたと仰ってた。最後までご立派ですね。


   *


旅行代理店は近かったので店舗に出向いて相談して、契約した。
バス会社で持っているアルファードを「ジャンボタクシー」として貸し切り利用するものでもちろんグリーンナンバー。運転手はバス会社の所属ドライバー。安心感が段違い。
料金も7万台で納得できる値段だったし。

入所日も決まって、移動をどうしたらって、気持的に結構追い詰められてたので藁をもつかむ気持で「旅〇便」に決めてしまわなくて良かった。

高校生のマイクロバス事故で思いだして、この日記書くのに「旅〇便」のHP見てみたんだけど、たぶんこの事故を意識したんだろう案内が増えていた。
「旅客運送に該当するご利用や、学校・団体・長距離移動など安全管理上の確認が必要な案件については、許可を受けたハイヤー・貸切バス事業者による運行をご案内します」とかね。2年前はこんな文言はなかった。
旅客運送に該当する利用って、該当しない利用って、どんななんだろう?
マイクロバス事故でも、その辺で学校と鉄道会社で言い分違ってるのかもね。
まさしく「白タク グレーゾーン」だし。

「旅〇便」もまだ営業続いてるみたいだし、運転頼みたい需要はあるんだろうし、安心で使い勝手のいいサービスとして整備されたら良いとは思う。
でも今回の事故のニュース見ながら、諦めないでグリーンナンバー探したのは正解だったなぁと思った。偉かった、ワタシ!と褒めておこう(笑)



追記:いろいろ思いだしたのでメモ

・自宅から成田・羽田・TDRまでの「定額サービス」は結構あった。
・それ以外の目的地だと観光プラン的なものがあった。
・利用目的と距離、時間などで具体的な相談したんだけど
 結局、営業区域の問題がネックだった。

・いま「多摩地区 貸し切りタクシー」で検索したら
 武蔵モビリティサービス というのがヒット。日の丸リムジングループ。
 7,500円/1hでチャーターできる。営業エリアもOK。
 これ!これ2年前にやっててほしかった~! ブックマークした。
 



2026年4月21日火曜日

No War Picnic

 




4月19日。
14時からのスタンディングに国会前に向かう

日曜日の有楽町線の席は埋まっていて
立っている人もそこそこいるよってくらいの人出。
銀座とか豊洲方面に遊びに行くのかな、天気良いしね
なにが悲しくて私は国会前なんて行くのか
なんてぼんやり思ってたら。
永田町駅に停車したら車両の3分の1くらいが降りて
ちょっとびっくりした。

列車の後ろのほうで降りたのでよくわかったんだけど
みんな国会方面出口に向かって歩いていて
半蔵門線乗り換え口へ向かうひとは数えるほどだった。

みんなどこ行くの?って思った。
家族連れとか、着物着たマダムとか
ゴスロリっぽい女の子とかまで
え、まさか国会前デモ行くの?って。
日曜日の永田町駅なんて、なんもないんだよ?
国会図書館もお休みだし。

まさか? まさかでした。
永田町駅で降りるのに大勢が同時に立ち上がった状況
フラッシュモブっぽくて思いだすと笑っちゃう。

お天気が良くて気温も上がってきたので
永田町駅から桜田門方面に
奈良さんのNo Warポスター掲げながら歩いて
国会前庭の木陰へ陽射しを逃れて、サンドイッチ食べながら
スピーチ聴いてコールした。

No War Picnicしてるひとも多くて
本格的にお弁当広げてるグループや
麻雀してるひとまでいて
それでもコールにはちゃんとレスポンス返してて。
15年の安保法制反対デモの時からさらに
スタンディングのハードル下がったと思う。
三宅洋平と太郎さんで言ってた選挙フェスは
浸透しなかったけれど
10年経って自然とフェスっぽい空気感ができてた。

というか。
普段の自分の暮らし生き方のまま
国会前まで出てこざる得ないくらいに
危うい状況がうっすらと実感されてるんだろう。

山手線30駅でスタンディングした「団地の猫」さんが
各駅前で掲げた30のアピールがいま私たちが思うことを
全部言ってくれてる。








飲み物を買いに寄った憲政記念館前の売店で
くっだらないものを見た。





あ~もう、自民党滅びろ!!






このスピーチ、前庭の木陰で聴いていた。
ピクニック中のみんなが聴いてた。
そうだ!って声あげてた。
泣いてたよ。





2026年4月15日水曜日

グランクラス&金沢





金沢へ行ってきた。


ほんとは金沢旅が目的ではなくて
新幹線のグランクラスに乗りたいと思いたって。
片道3時間くらいなら
往復6時間を日帰りもできるのねと思ったけど
それはあまりにもったいないので2泊くらいはしようかなとなり。
青森めざして北上するか、日本海へ列島横断するか迷って
乗車3時間くらいで辿りつく先が金沢なら最高ではと。

金沢は数十年ぶりで。
思い立って翌日にでかけたので
なんの予習もしてなかったんだけど
観光都市としてほど良くまとまってるなぁと思った。

ハイブランドの路面店の並ぶ香林坊から
西へ行けば手入れされて保存された武家屋敷の街並み
東には金沢城と兼六園、美術館に工芸館
路地を曲がれば疏水沿いに並ぶカフェやレストラン
北に歩けば活気のある近江町市場。

先に観光ガイドブックがあって
それで街づくりしましたと言われたら
へぇ、そうなんだぁと思っちゃいそうなくらい
ちょっと出来過ぎな街。
欧米からの観光客がとても多かった。 






私は主にお寿司屋めぐりしてた。
夕方、金沢に着いてとりあえずで入った
駅ビルの回転寿司屋が美味しくて。
最近多いタブレット注文で目の前で握ってくれるお店なので
食べたいネタだけ選んで注文。
のどぐろ炙り、白えび軍艦、ほたるいか、がすえび。
それと、えんがわ炙り。塩で。
甘い、とろける。なにこれ美味。

翌日も回ってない回転寿司。
白えびが4月解禁で、ほたるいかも漁期で
のどぐろも旬は冬だそうだけど美味しくて、良いタイミングだったのかな。
ほたるいかの天ぷらがこれまた“なにこれ美味”だった。
がすえび握りに添えられたエビ頭唐揚げもアラ汁も。

夜、デパ地下で買って食べた
生タコ&イワシのお造りがこれまた。
ん~ここには菊姫とか並ぶべきではないか?
下戸の哀しみ。


帰京する日。
午後2時の新幹線だったので、駅で初日と同じ寿司屋へ。
ほぼおんなじ注文。
しゃり小さめにしてもらってのどぐろ&えんがわ炙りはダブルでw

金沢、マグロとかいらないねぇ。
食べたらきっとおいしいだろうけど。











新幹線のグランクラス。
もうね、最高。
1車両に18席しかなくて
バックシェルの電動リクライニングシートなので
とても寛げた。
軽食ドリンクのサービスはない「はくたか」だったのだけど
なくてもOK。
あまりに座り心地良くて、帰りは小一時間眠ってしまった。
往復グランクラスで別にホテル取ったけど
羽田ー小松でフライト&ホテルのパック取るのと
値段、それほど大きく違わなかった。
東京駅の専用ラウンジも使えるし
ともかくシートが良くて疲れがない。
こんどこれで函館まで行ってみたいかも?












こんどは函館、とか言ってるけど。
いつのこんどか知らないけれど、それができる日本はあるのかな。


思い立ってのグランクラス&金沢
いま行かなきゃ行けないかも、というのがアクセルになった。
家でSNS読み漁って、悶々とする時間からの逃避行でもある。


TOTOのような大きな企業までが
原油不足の影響を公表したり
建築現場の職人たちが材料が調達できなくて仕事ができないと
ポストしているのに
「原油やナフサは4か月は大丈夫です」とか
嘘しか言わないあの口が言ってるのを見て気分が悪くなる。

ついさっき、田植えが始まる大事な時期なのにガソリンが不足して
農耕機が動かせない、今年はコメの作付ができなくなるかもという
農家さんのポストもあった。


買い物に行けば、いちいち消費期限を確認して
ちまちまと備蓄してるのに
スーパーの棚にはまだまだ、まだまだ商品はいっぱい並んでいて
そこにいる買い物客の誰も不安など微塵も感じてない風で。

あ~なんかやっぱり私だけがおかしいのかなって思ったり
その、ギャップがぞわぞわと気持を蝕むようで。

家で、不安な現実を暮らすのが苦しくて
得意の逃避行に走る。

この一カ月ほど、地味に散財している。
備蓄がらみの買い物にしても
たぶん今が一番安いはずだし
いつモノ自体が無くなるかわからないという恐れもあって
躊躇わずにあれこれ買っている。
この次にしよう、次でいいやは選択肢にない。


だから思い付きの逃避行でも散財する。
使い途のあるうちに使っとこう、と。
それは4月いっぱいかな
5月のうちはなんとかなるかな、って。
でももう、いまのうち、いましかないって。


金沢で見かけた欧米の観光客を羨ましいと思う。
帰る国は、日本ほど絶望的な未来じゃないんですよね?
影響ないわけじゃないだろうけど、対応できてるんですよね?
普通に賢い政府なんですよね?
あなた方が帰国してひと月もしたら
日本はエンスト起こして沈んでるかもしれません。
日本がおもてなしできる最後のタイミングだったかもしれません。
良かったですね、って。


パスポートも取っておこうかと思ったけど
日本を出てどこへ?

逃避行なんて言ってるけどどこにも逃げられてない。