今朝見た夢に
この本に登場するアメリカのスモールタウンがでてきた。
埃だらけの大きな鉄錆色のセダンを路肩に止めて
ランチをテイクアウトしようと車を降りた。
当然ながら車は左ハンドルで
左のドアを閉めたってことは
私が運転してきたらしい(すごい!)
ちゃんと右側に寄せて止めてるから
正しく右側を走って来たらしい。
左ハンドル、右側走行などしたことないのに。
(私たちが)ここに来たって知ったら(私たちは)驚くよね。
(私たちが)いなくなる前に来てよかったよ。
友人と話しながら
ここにいることに満ち足りていた。
日本で夢を見ながら
太平洋を越えてアメリカの内陸部へ入り込み
さらに過去と現在なのか未来なのか
年単位の時間も行き来してるらしい。
夢の中でどの町をめざしてたんだろう。
夜の公園でランタンの灯りの下
アコーステッィクで奏でられるスコッツ・アイリッシュの町
マウンテンビューまで行けたら良かったんだけど。
*
日本では見ることのできない空の色
いちどに十何本も炸裂する落雷
水が一滴もない砂漠、車ごと吸い上げられそうな星空
海の底を走っているのかと思わせる風雨
そして光と風。
移動の充実感はこのような自然によって支えられ
そしてすさまじい自然を体験したその先にささやかな心地良い町がある
という取り合わせは
厳しい大地の中に暮らす人間の確かさというものを
温もりを持って教えてくれた。
ごくささやかな小さな町を舞台に
誰もが人生の主人公だった。
語るべき内容と信念を人生に持ち
それでいて声の大きな人物はひとりもいなかった。
大きな成功よりも小さな平和を
虚栄よりも確実な幸福を
町の住民に自分が役立つ誇りを
彼らは心から望んでいるように見えた。
そしてそのような在り方は
現在のアメリカとは完全に逆を向いており
その意味では彼らの生き方は今や
反アメリカ的と言ってもいいくらいだった。
国家と勝者が暴走する一方で
その国の内部をほんの少しでも奥へ入れば
無意味な成功と倫理観の崩壊を心から軽蔑する人たちが
かくも大勢いるのだ。
<序章 スモールタウンへようこそ>
*
St.GIGA繋がりで駒沢敏器を読み始めて。
屋久島の風鈴インスタレーションしか読んでいなかったのを
あらためて「地球を抱いて眠る」を全編読んだ後に
この本を読み始めて。
こんなに良い書き手だったんだぁと思う。
旅のノンフィクションなのだけれど
ほんとに“語るに足る、ささやかな人生”としか言いようのない
やさしい物語が描かれている。
アメリカという土地に暮らす人々を
はじめて好ましいと思ったような気がする。
最近、再販されて装丁が変わったけれど
この2005年の版の表紙
エドワード・ホッパーの「GAS」は
この本にとても似合っている。
駒沢敏器が
どのスモールタウンも音が少なく絵のような印象を受ける
と書いているけれど。
同じ構図を写真に焼き付けるのではなく
ひと筆ひと筆、色が置かれてゆく静かな時間を
そこにとどめることでしか
ホッパーの世界は生まれないように思えるし
車を駆って移動して
名もない人たちの日常の光景の中に身を置いて
そこから胸に残る言葉を探して彼らの代わりに語る駒沢敏器と
ホッパーはおなじひとびとに会っているような気がする。
*
<メモ>
スモールタウンを舞台としたアメリカ映画。
「ギルバート・グレイプ」
ああ、そうだね。
この映画のジョニー・デップとその家族の暮らし
町のひとびと。
マイケル・J・フォックス主演
「ドク・ハリウッド」
デヴィッド・リンチ監督
「ストレイト・ストーリー」
ニコラス・ケイジ主演
「パラダイスの逃亡者」
「プレイス・イン・ザ・ハート」
「マイ・ドッグ・スキップ」
「ラスト・ショー」
ああ、そうだね。
名前も知らない小さな町を舞台にした映画いっぱいあるね。
ニューヨークやLAばかりがアメリカじゃないんだった。
町の描写に注目しながら観て、見直してみたいな。
<メモ2>
ジョー・ジェウェル
ネットで聴けないかな。






