2025年12月14日日曜日

姉妹





Mさんからミカンが届いた。


姉がお世話になっておりますのに
ご無沙汰をして申し訳ありません
せめてものお詫びにありきたりの蜜柑です、と。



部屋の片づけをして
正月が来て、春になって
灼熱の夏が過ぎ
そう、気がつけば1年が経った。

ああ1年たつんだな、と気づいてから思ったのは
Mさんはどうしてるかなぁということだった。






庭のレモンが大きくなる夏の頃になると
Mさんのことは思いだすことがある。

お父さんが亡くなったのが8月で
その年が初めてレモンがひとつだけ実を結んだ夏だった。
レモンが実をつけたよという話を病床でした。
退院してレモンを見るのを楽しみにしていたけれど
それは叶わなかった。
実を伐って、持って行って見せてあげればよかったって思った。

自宅に帰って横たわるお父さんの枕元に
まだ青いレモンを置いた。

入棺の時には棺に入れようと思っていたのに
ばたばたして、だか、ぼんやりして、だか
入れ忘れたまま葬儀場に行った。
読経が終わって棺に花を入れるとき
レモンを私に手渡してくれたのがMさんだった。

葬儀の前々日に上京して家に来てくれていたMさんに
レモンの話をしたのだったと思う。
お父さんと一緒に先に葬儀場に向かったので
家の戸締りをMさんに頼んだ。
空っぽの布団の脇の、青い大きなレモンに気がついてくれて
持ってきてくれたのだった。

葬儀始まってからは
実はレモンのことは思いだしもしなかったのだけれど
でも、家に戻ってぽつんと置き忘れられたレモンを見つけたら
きっと情けない気持がしたと思うので
そっと手渡されたレモンに
あ、っと思い、嬉しかった。

Mさんに会ったのは
40年過ごす中で片手で数えるくらいなんだけど
良い印象しかない。
家がごたごたしていた時期に
“姉”を諭してくれていたのも知っているし。

なにかあればMさんにはお知らせしなくてはいけないし
年に一度くらいの消息は繋いでおこうかな。
年明けたら、なにかお菓子でも送ろうか。






それにしても。

40数年を近くに過ごしても
もう思い出したくもないと思うひとと
数回の印象がよすがとして残るひとと。

そのひとの人となりはもちろんあると思うけど
ひとと縁を結ぶことの難しさというか
奇妙さというか、どうにも致し方のなさ。

ひととのかかわりって面倒臭いわね、って
いつもそれが私の結論だわね(しょーもなし 笑)



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