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2026年7月17日金曜日

SNAKE ON THE BEACH / MARI AMITA写真集

 




チバの写真はいろんなひとが撮ってるけれど
アミタ・マリさんのレンズの先にいるチバが一番好きだ。
SNAKE ON THE BEACH、チバのソロプロジェクトの
4枚のアルバムのポートレイトをまとめた写真集が出て。



「SINGS」が2022年に出て、そのジャケットを見た時
デスマスクみたいじゃない?って思った。
なんでこれを選んだんだろうな、って。






2023年の正月のニュースレターのチバの姿が
ふた回りくらいちいさく見えて
大丈夫なのかな、年末年始に飲み過ぎただけだよね
なんて思ったりした。

2022年の、秋くらいかな。
バンドで受けたインタビューの中で
健康なんて念頭になくビールと煙草で生きてるようなチバが
「玄米でも食おうかな」なんて言って
メンバーにすごくびっくりされてて。
なんかあったんですか?と問われて
「なんかあったんだねぇ」なんて軽く答えてて。
キュウちゃんが「え?」って顔して
でもその後誰も突っ込まずに流してたけど。


2022年は
自作の写真展をやったり
自分のレコードコレクションをまとめた
「EVE OF DESTRUCTION」という本を出したり
映画「スラムダンク」の主題歌やったり
ユニカビジョンにライヴ映像流したり

アルバム作ってツアーやる、っていう
通常モードとは離れて
なんかずいぶんいろんなことやるなぁ、と思った。

「全部。ぜんぶ、やってやるって思った」
そう言ってたのは1年くらい前。
そうか、今そういうモードなんだね。
そう思ってた。
「生きてる間に」だったか「死ぬまでに」だったか
そう言ってたのも聞いたけど。

「SINGS」のブックレットに収められてる写真。
柔らかく笑うチバだったり
そのまま水平線に溶けてゆきそうなシルエットだったり
ジャケット写真の印象もあってか
遠くへ行こうとしてるみたいだなとふわっと思ったの覚えてる。
不安な気持ではなかったけれど。

こんな話、後付け的に
そういうことだった、の、かなぁ…
って思うだけのことなんだけど。
2023年の休養中は
さすがにね、言葉にできなかったから。




アミタさんの写真集がでることになってから
SNSに書影が流れてくるようになって
この強い意志が眼に宿るチバの顔を見るたび
毎回ドキッとしている。
いまはもういないひと、な気が微塵もしない。
いや、いないんだけど。







人生は前に前にと走り続ける列車のようで
自分の意志で降りることはほぼできなくて
気がつけば3年分
チバの休養を知った日から遠ざかっているはずなんだけど
窓の外を飛び去ってゆく景色を振り返ってみると
ずっとずっとその日が見えていて
その日を中心に螺旋状に回りながらしか人生が進んでないような
そんな気がしてしまう。
なんかちっとも遠ざかっていかない。


実質4年、たった4年しか
チバの声を追えなかったのにね。







「DEAR ROCKERS」2012
「潮騒」2019
「real light real darkness」 2020
「SINGS」2022


2026年6月27日土曜日

「語るに足る、ささやかな人生」

 




今朝見た夢に
この本に登場するアメリカのスモールタウンがでてきた。


埃だらけの大きな鉄錆色のセダンを路肩に止めて
ランチをテイクアウトしようと車を降りた。

当然ながら車は左ハンドルで
左のドアを閉めたってことは
私が運転してきたらしい(すごい!)
ちゃんと右側に寄せて止めてるから
正しく右側を走って来たらしい。
左ハンドル、右側走行などしたことないのに。


(私たちが)ここに来たって知ったら(私たちは)驚くよね。
(私たちが)いなくなる前に来てよかったよ。


友人と話しながら
ここにいることに満ち足りていた。
日本で夢を見ながら
太平洋を越えてアメリカの内陸部へ入り込み
さらに過去と現在なのか未来なのか
年単位の時間も行き来してるらしい。

夢の中でどの町をめざしてたんだろう。
夜の公園でランタンの灯りの下
アコーステッィクで奏でられるスコッツ・アイリッシュの町
マウンテンビューまで行けたら良かったんだけど。




日本では見ることのできない空の色
いちどに十何本も炸裂する落雷
水が一滴もない砂漠、車ごと吸い上げられそうな星空
海の底を走っているのかと思わせる風雨
そして光と風。

移動の充実感はこのような自然によって支えられ
そしてすさまじい自然を体験したその先にささやかな心地良い町がある
という取り合わせは
厳しい大地の中に暮らす人間の確かさというものを
温もりを持って教えてくれた。

ごくささやかな小さな町を舞台に
誰もが人生の主人公だった。
語るべき内容と信念を人生に持ち
それでいて声の大きな人物はひとりもいなかった。
大きな成功よりも小さな平和を
虚栄よりも確実な幸福を
町の住民に自分が役立つ誇りを
彼らは心から望んでいるように見えた。

そしてそのような在り方は
現在のアメリカとは完全に逆を向いており
その意味では彼らの生き方は今や
反アメリカ的と言ってもいいくらいだった。
国家と勝者が暴走する一方で
その国の内部をほんの少しでも奥へ入れば
無意味な成功と倫理観の崩壊を心から軽蔑する人たちが
かくも大勢いるのだ。

<序章 スモールタウンへようこそ>



St.GIGA繋がりで駒沢敏器を読み始めて。
屋久島の風鈴インスタレーションしか読んでいなかったのを
あらためて「地球を抱いて眠る」を全編読んだ後に
この本を読み始めて。
こんなに良い書き手だったんだぁと思う。

旅のノンフィクションなのだけれど
ほんとに“語るに足る、ささやかな人生”としか言いようのない
やさしい物語が描かれている。

アメリカという土地に暮らす人々を
はじめて好ましいと思ったような気がする。




最近、再販されて装丁が変わったけれど
この2005年の版の表紙
エドワード・ホッパーの「GAS」は
この本にとても似合っている。

駒沢敏器が
どのスモールタウンも音が少なく絵のような印象を受ける
と書いているけれど。

同じ構図を写真に焼き付けるのではなく
ひと筆ひと筆、色が置かれてゆく静かな時間を
そこにとどめることでしか
ホッパーの世界は生まれないように思えるし

車を駆って移動して
名もない人たちの日常の光景の中に身を置いて
そこから胸に残る言葉を探して彼らの代わりに語る駒沢敏器と
ホッパーはおなじひとびとに会っているような気がする。






<メモ>
スモールタウンを舞台としたアメリカ映画。

「ギルバート・グレイプ」
ああ、そうだね。
この映画のジョニー・デップとその家族の暮らし
町のひとびと。

マイケル・J・フォックス主演
「ドク・ハリウッド」

デヴィッド・リンチ監督
「ストレイト・ストーリー」

ニコラス・ケイジ主演
「パラダイスの逃亡者」


「プレイス・イン・ザ・ハート」
「マイ・ドッグ・スキップ」
「ラスト・ショー」



ああ、そうだね。
名前も知らない小さな町を舞台にした映画いっぱいあるね。
ニューヨークやLAばかりがアメリカじゃないんだった。
町の描写に注目しながら観て、見直してみたいな。



<メモ2>
ジョー・ジェウェル

ネットで聴けないかな。

2026年6月8日月曜日

川井郁子 音楽舞台・第二夜

 



友人が誘ってくれて川井郁子のステージを
新国立劇場へ聴きに行く。

川井郁子はバイオリニストと知っているだけ。
第一幕の音楽舞台というのがどういうのかもわからなかったけれど
N響の弦楽アンサンブルにハープやコントラバス
和楽器の奏者が8人で
なかなか贅沢な舞台になりそうと思い出かける。


第一幕の演目「源氏物語」、とても良かった。
林真理子の「源氏がたり」から
六条御息所に扮した川井郁子が
オリジナル曲をバイオリンで演奏し、語る。

バイオリン弾きながら演じるって文字で見ると
なんだかちぐはぐなイメージになっちゃうけれど
川井郁子の語りの声も良くて
源氏に裏切られて生霊になってしまう六条御息所の哀れを
演じて美しかった。
打掛風のドレスの袖からバイオリンの弓が伸びた姿は
能「葵上」の舞台で鬼になった六条御息所が打杖を持つ姿にも似ていて
スクリーン越しのシルエットの演出も効果的でとても良かった。


第二部は楽曲演奏。

チャールダーシュ
ヴィヴァルディ「夏」第三楽章
ロミオとジュリエット
もののけ姫

<和楽器演奏>

荒城の月
赤い月
白鳥の湖
ミャークの風
時の彼方に


第一部のほうもそうだったけれど
洋楽器と和楽器が違和感なく溶け合っていて惹き込まれて聴いた。

荒城の月では和楽器の演奏が主で進んで
途中から川井郁子の演奏が入るのだけど
鳴っているのは彼女のバイオリン一台なのに
ものすごく何層にも重なった音が響いてきて
バイオリンという弦楽器凄いなぁと驚く。

やっぱり、クラシックな楽器の演奏を
ホールで聴きに行きたいなぁと思った。
和でも、洋でも。



川井郁子が
演奏の最後に大きく弓を振って円を描き曲を止めるところ
とてもカッコ良かった。






2026年5月30日土曜日

わたしはここにいます あなたがそこにいてよかった

 


東京タワー。
正式名称は日本電波塔。
地上333メートル。
北緯35度39分31秒・ 東経139度44分44秒。










<  以下、横井宏「St.GIGA編成総論 夢の潮流」序より引用  >



昨年の夏の終わり
私はアメリカの作家カート・ヴォネガットから
直筆のポストカードを受け取った。
わずか七行の文面ながら、待ちに待った朗報であった。
数カ月前から彼の顧問弁護士を介し
一九五九年の作品『タイタンの妖女』に登場する
とあるキャラクターを独占的に使用したい、と申し出ていたのだ。

文章は簡潔で次のように書かれてあった。

「親愛なる横井宏様。
この度は、私の小さな恥ずかしがり屋のハーモニウムに
ご関心をお持ち頂き、大変嬉しく光栄に思います。
どうぞ、どうぞご自由に彼らをお使いください。
独占使用権に関わる費用
あるいは使い方についての事前のご連絡等、一切無用です。
ご健闘を祈ります。
カート・ヴォネガット拝」

長い間放送界にたつきを得て、海外との仕事も数多く重ねてきたが
これほどあっさりと受諾され
しかもこれほど温かく励まされたことは
いまだかつて一度もない。
胸を熱くして、この短い文章に何度目を落としたことか。
まさにハーモニウムを生み出した
まぎれもないその人の言葉であった。





ハーモニウム。
水星に棲む不思議な生物で
いくつかの美しい特徴を持っている。
その特徴と、間もなく開局する衛星系の音声放送局
セント・ギガの編成方針が添い
古い紙の中で永い眠りに耽っていたハーモニウム達が
突然たたき起こされる羽目に陥ってしまったのだ。
さぞや傍迷惑な、と思われようが
実はこのハーモニウムは決して人を恨まない。
恨まないどころか、怒り、妬み、野心、不安
といったものとは無縁の生き物である。

ヴォネガットはこの宗教性を帯びた性格に
更により精緻なデザインを施す。
まず彼らの食べ物を音楽と断じた。
つまり音を食べる生き物なのだ。
しかも、美しい音だけを。
その美しい音を食べ続ける限り、彼らは老いることがない。
不死の身体は、光を受けるとアクアマリンに染まり
目もあやな輝きを放つのだ。
そして深遠な光の中、体を震動させながら流麗な絵模様を作って
互いに並び合うという。

それにしても、ヴォネガットの真骨頂は
彼らに授けた言葉だ。
「わたしはここにいます。I'm here.」
「あなたがそこにいてよかった。I'm glad you're there.
ハーモニウムはこの二つのメッセージだけで交信し合う。
凡百の言葉で装うよりも、しかし
これらの言葉はどれほどひとの心を打つことか。





東経110度。
赤道上空36,000㎞の静止軌道に浮かぶ放送衛星ゆり3号a。
この小さな星の一隅に
ハーモニウム達が水星から移り住むこと。
そこに届く水の惑星からのくさぐさの音を選りすぐり
美しい響きのみを束ねること。
それを音の潮流に編み上げ
地上に再び送り返すこと。
セント・ギガは、これらの願いをカート・ヴォネガットに託し
そして快諾を得た。

セント・ギガの開局まで、あと数日。

深い夜空の果てに、青緑のほさきが飛流していたなら
それは引っ越しのさ中のハーモニウム達だ。
ほどなく彼らの耳には
風の音、潮騒、鳥の声、歌声、楽の調べ
怒声と罵声、銃声と砲声、人や獣たちの悲鳴など
ガイアの様々な音が届こう。
朝な夕なこれらの音から
彼らは生命の輝きと濁りを峻別した音の潮流を
生み出してくれるはずだ。
それは地球の新しい歌だ。生命の歌だ。
その歌をエネルギーにし、彼らは光り輝く体を震わせ
「わたしはここにいます」の声と共に
はるかな高みから地球めがけて音の波を送り返す。
音の波が地上に届き始めるのが
三月三十日の、満潮時午後四時十七分。





耳を澄まして頂けないだろうか。
とりどりの音楽、自然の音、水と星だけを語るひとの声に。
これらが幾層にも折り重なったセント・ギガの音の潮流に。
そして受けとめて頂けないだろうか。
彼らのあの声を。
「あなたがそこにいてよかった」を。
それは何故なら
ハーモニウムがあなたに初めて心を通わせようとしている
唯一無二の証なのだから。



開局を目前にして
1991年3月末日



<  引用おわり  >






<  以下メモ  >


上田三四二「この世この生」
立花隆「宇宙からの帰還」
西行 月への祈り
坂本龍一「TAINAI KAIKI」
ライアル・ワトソン「生命潮流」
細野晴臣「QUIET STORM」
レイチェル・カーソン「われらをめぐる海」

Non Commercial
Non DJ
Nonstop Music

カート・ヴォネガット「タイタンの妖女」




セント・ギガのステーションコールは
I'm here. I'm glad you're there. We are St.GIGA」

「タイタンの妖女」での原文は「Here I'm. So glad you're.」
原作者の了解を得て日本人の耳に馴染みやすい言い回しに変えた。








<  以下、寮美千子「水の時間」あとがきより一部引用  >



日の出から日の入りまでの「Water line(水の時)」と
日の入りから日の出までまでの「Ster line(星の時)」
CMもDJもない音楽と自然音の純粋な「音の潮流」だ。

日の出と言っても時間差がある。
日本で最初に日が昇る南東海上の南鳥島から
日本最西端の与那国島へと光は進みその差は2時間を超える。
日の出の時間帯を「Sunrise zone」と呼び
「いま〇〇に太陽が昇りました」と
リアルタイムで各地の日の出を報じる。
日の入りの時間帯は「Sunset zone」。
これにより、地球がダイナミックに回っていることが実感できた。

日が昇りきると「日本列島はすべて、光の中です」と宣言され
「星の時」が始まる。

当然、いわゆるグリニッジ標準時の時刻とは無関係だ。
だから、時報はない。
代わりに満潮と干潮の報せがある。
といっても日の出・日の入りと同じように
潮汐も各地で時間差がある。
だから各地の満潮・干潮に合わせて
「Hightide call (満潮)」「 Lowtide call(干潮)」を行った。
波の音とともにこんなふうに。


月に導かれて 水が満ちてきます
いま海は もっとも 空に 近づいています
東京芝浦は 満潮を迎えました

月に導かれて 水が引いていきます
いま海は もっとも 空から 遠ざかっています
東京芝浦は 干潮を迎えました

さらには月の満ち欠けも告知した。




<  引用おわり  >










St.GIGA。
これほど美しい、祈りと言ってもいいような理念をもって
開局した放送局があった。
1991年。バブル景気は終焉を迎えていたけれども
それでも、まだ、日本に余力があったころ。
あると思われていたころ。

でもここから長いながい景気の低迷が始まり今に至る。
失われた30年。

St.GIGAも1993年には潮流を維持できなくなる。


ゆり3号aの運用も1998年で終了する。
坂本慎太郎の「ひとりぼっちの人工衛星」を思い出して切ない。
実際にはスペースデブリになっているのかな。
ハーモニウム達は、どうしたかな。


St.GIGA。
日没の間際に稀に現れるGreen Flashのように
沈む日本国の最後の煌めきを放った放送局だったのだな。


「夢の潮流」に記述があった。
「メディアには一つの大切な義務がある」と。
それは「WITNESS」であると。
「メディア人とは時代を目撃し、証を立てなければならないひと」
であると。
ほんとうに。メディアの矜持というものも
失われてしまったね。



2026年5月22日金曜日

St.GIGA

 




St.GIGAを知っているという人に会ったことがない。
まあ、誰彼に、知ってる?って聞いて回ってるわけではないんだけど。
St.GIGAを説明するのもメンドクサイしね。

世界初の衛星放送局です。
90年代の初めに2年間だけ放送されてた音楽の専門局です。

と言っても。ふうん?だよね。







そもそも、私自身、St.GIGAをどうやって知ったんだったか
記憶が定かじゃないんだけど
なぜか、10年くらいの周期でSt.GIGAに繋がるモノが
私のところにやって来るんだよね。


10年前は、屋久島の風鈴の音だった。
波や風の生る音、クジラの歌、せせらぎ、葉擦れの音
そんな自然音の採集の話から
屋久島で風鈴のサウンドインスタレーションをしたCDがあるという話になって
それはSt.GIGAにかかわっていた岡野弘幹の作品とわかり。
というかそのインスタレーション自体がSt.GIGAのためのもので。

その頃、タイトルに惹かれて読んでいたのが
「地球を抱いて眠る」という本で
その著者・駒沢敏器がまさにSt.GIGAの番組作りに関わったひとで
その本で屋久島の風鈴の話に触れられていた。



今回は寮美千子の詩集だった。
寮美千子はSNSの発信でよく見かけていた人で
アクティビストの作家くらいの認識しかなかったんだけど
最近出版された2冊の詩集「水の時」「星の時」が
St.GIGAのために書き下ろされて放送されていた詩と知った。


え?St.GIGAだ…。
10年周期の彗星のように訪れる。

そこから検索してみたら
St.GIGA立ち上げの企画書が本になっていたり。
ウィキペディアにSt.GIGAの項目が生まれていたり。
そして、なんとなんと放送アーカイブがネットに上げられていた。
82本、100時間ぐらいあるのかな。
家で、ずっと流している。










それにしても、私はいつ、どうやって
St.GIGAの放送を聞いたんだろう?
91年からの放送だけど
WOWOWのチャンネルを使ったってことだから
有料放送だし我が家にWOWOWの設備はなかった。
テスト放送の時には聴けたんだろうか?
どうやって?ラジオ??

学生時代からの釣りの師匠が音オタクでもあって
録音を聴かせてもらったのかなぁと思ったんだけど
尋ねてみても、知らないというし。
あとづけで聴いた気になってたのかな?
(有り得る)
でも、だったらSt.GIGAをどこで知ったんだ?

ま、いっか。
いま、アーカイブを心地よく聴けてるんだから。



2026年3月22日日曜日

馬頭琴Live/声明コンサート

 



馬頭琴のヘッドの装飾。
凛々しい馬の顔。

先週は4弦のチェロの1弦減って3弦で
今日はさらに減って2弦。

たまに行くカフェでのライヴなので
今日も至近距離で弦の音と歌を聴く。







馬頭琴の音色、とても好きだな。
雑味のようなものがあるんだけど
それも一緒にふくよかに鳴っている感じ。

馬頭琴、また聴きたい。






3月はなぜかLive月間で
1日には声明のコンサートにも行ったのだった。




これもとても良かった。
もともと声明好きなんだけど
聴きに行く機会があまりみつからなくて
生声で聴くのは30年ぶりくらいかな?


声明は音源でも聴くけど
やっぱり実際に体感する声の波動はとても気持いい。

声明や馬頭琴の心地よさって
音のジャグジーみたいで
これを倍音って言うのかな?
よくわからないんだけど。


こういう歌や音楽が生まれる源流に近いものが好きだ。




思い返して
TheBirthdayのライヴとか、よく行けてたよなと思う。
とにかくチバの声が聴きたかったからなんだけど
正直ライヴ会場に身を置くのは苦痛だった。
こぶし振り上げて踊りまくってキャーって感覚ないんだもん。
ハイパーな状態になるのが苦手というか。
いや目の前にチバがいて声聞こえたらぎゃあとはなるけどさ。
早く終わんないかなとかチラと思ってた。

だからライヴはバンクロが好きだったな。
楽しめた。
ライヴ終わらないでほしいと思った。

チバの生声聴きたいなぁ。