2023年1月26日木曜日

「灯台守の話」*



ほら、光の筋が海を照らしだす。あなたの物語。わたしの。彼の。それは見られ信じられるためにある。耳を傾けられるためにある。絶え間なく垂れ流される筋書きの世界で、日常の雑音を越えて、物語は耳を傾けられるのを待っている。

最良の物語には言葉などない、という意見もある。それは灯台守として育てられなかった人たちのいうことだ。確かに言葉はぽろぽろこぼれ落ちるし、大切なことは往々にして言葉にされずに終わる。大切なことは顔つきや仕草で伝えられるのであって、不器用にもつれる舌によってではない。真実は大きすぎるか小さすぎるか、いずれにせよ、言語という鋳型には寸法が合わないものだ。

それはわたしだって知っている。でもわたしは他のことも知っている、なぜならわたしは灯台守として育てられたのだから。日々の雑音のスイッチを切れば、まず安らかな静寂がやってくる。そしてつぎに、とても静かに、光のように静かに、意味が戻ってくる。言葉とは、語ることのできる静寂の一部分なのだ。


     *


愛はどこから始まったのだろう?どんな人類が、他の誰かを見て、その顔のなかに森や海を見たのだろう?かつて遠い昔、精も根も尽きはてて、食料を家まで引きずっていく誰かが、黄色い花の咲いているのを見て、自分でもなぜかはわからず、傷だらけの腕を伸ばして、ただ愛する人のためにそれを摘み取った、そんな日があったのだろうか?

化石に記録されたわたしたちの歴史には、愛の痕跡はどこにもない。地殻の奥ふかく埋もれて見つけられるのを待っている愛などどこにもない。わたしたちの祖先の大腿骨や腕の骨は、彼らの心を物語ってはくれない。彼らの最後の食事がピート層や氷の中からそのままの形で見つかることはあっても、彼らの思いや喜怒哀楽は、どこにも跡をとどめていない。




「灯台守の話」ジャネット・ウィンターソン



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