2025年4月4日金曜日

儚い。

 



幼年期のさなか、美しい夢から目覚めた私は
その素晴らしさを母に語った。
母は優しく耳を傾けてくれたけれど
少し物悲しい表情になり
「その夢のことも、だんだん忘れてしまうのね」
とつぶやいた。
こんなに美しいものを忘れるわけがない。
首をかしげる私を見て母は微笑んだが
もしほんとうに夢が消えてしまったらどうしよう。
時間の果てしなさにぼんやりと思い至り
ほんの少しだけ恐ろしくなった。
その日、鮮やかな光景を失う恐れと
母の物悲しい顔が気にかかり
私は毎日この夢を隅々まで思い出すことにした。
<美術家・福田尚代>



そうして福田尚代さんは高校生の頃まで
その夢を思い出すことを毎日続けたという。







夢の中で
大好きな声が歌うのを聴いた。

遠くの山並みまで視界の開けた
広いルーフバルコニーのベンチに座っていると
右後ろから声が聴こえてきた。

知り合いの子どもに
いまこんな曲を作ってるんだ
次のアルバムに入れるよと話し
メロディーを歌いだした。

隠れていたわけではないけれど
歌う鳥の邪魔をしない時のように動かず
でもリラックスしてその声を聴いた。息をのんで。

ああ、その歌は間に合わなかったねぇ
と思いながら。


目覚めてシアワセだった。
やっぱり、姿は見なかった。
私にとってのチバは、声だから。
もちろん姿も見れれば嬉しいような気もするけれど
声が私にはいちばんのリアルだから。

しっかりと思い返して忘れないでいようと思ったけれど
それはやっぱり無理だった。
夢の中で聴いた声を、どうやって記憶したらいいのか。
歌う声のそばにいて聴いた、その時の感覚を
どうやったら留めておけるのか。
目覚めて、反芻しはじめた瞬間に
声も、鼓膜の震えも朝霧のように消えてゆくのに。


これを書いているいまなんて
もうなんにも残ってない。
哀しいくらいに儚い。







何年も何年も、毎日思い出すことのできる夢。
それは、良いものなのかな?
芸術をやるひとならではの、資質なのかな。
自分の中で昇華させたイメージなのかな。


10数年にわたる反芻に耐えうる、それは、夢なの?






夢で、聴いたという
微かな愛おしさだけが残ればいい。
それだけでいい。ね。




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