2022年8月30日火曜日

「カヨと私」







内澤旬子が小豆島でヤギと暮らしているのは、SNSやブログで読んでいたので、今度はヤギも食べるのかな?なんて思ったりしてたのだけど。
ヤギのカヨとの暮らしを書いた新刊が出て表紙を見たら「KAYO Y YO」と書かれていて。

カヨは食べない。

ヒメネスの「PLATERO Y YO」なんだね。
読み始めたところ。








 

春先に読んでた「ストーカーとの700日戦争」、Diaryに書いたような気がしてたけど。

これは読み始めたら怖くて怖くて本を閉じることができなかった。久々に夜を徹して一気読みした。ストーカー被害にあうって、永遠に覚めない悪夢に落とされるようなものだ。救済される気がしない。
被害者が「いま、被害を受けているひと」なのだとリアルタイムで認識されて助けられるようになって欲しい。被害者がひたすら自力で動くしかないって、理不尽な犯罪の上に、またさらに理不尽の上塗り。


そういえば。
カヨが、後にストーカーとなる人に初めて会った時、角を激しく立てて威嚇拒絶したことが書かれていたっけ。




2022年8月28日日曜日

サルスベリ

 




サルスベリの花が
雨をたっぷりと含んでいる。

花穂の重みに枝がたわんで
塀の向こうで折れそうになっていた。


サルスベリは花を切り詰めてやると
そこから枝を分けてまた花を咲かすという。
庭に下ろして3年目で、縦にばかり伸びているので
枝数を増やしたいと思っていたのだけれど
盛りの花穂を切るのが忍びなくて
一日伸ばしにしていたのを
雨を理由に切る。


細かいフリルになった花の中に雨がたまって
水を含んだスポンジのよう。
部屋には持ち込めないので車庫に飾る。




ほろほろ散った花と水の相性が良い。
最近は花のピンク色を好ましく思うようになった。








樹齢は10年くらいあるはずだけど
庭に下ろしてからは3年で
まだまだ幹は細くて直径4㎝くらい。
“猿滑”の由来になる滑らかな白い樹肌は
まだ現れてこない。










2022年8月18日木曜日

不機嫌な日々。






めんどくさい

どーでもいー

ほっといて

好き





私の脳の中身ってほぼこれかな。

上のみっつでほぼ95%という感じか。

なんと不機嫌に生きているんだ(ワオ


ときどき

好きが爆発的に脳内占拠して

ご機嫌な時もある。

長くは続かないが、それでいい。

恒常的にご機嫌なんて

気持悪いよね。









2022年8月16日火曜日

風、種、森。








風の通る場所へ行きたい。


あまりに暑くて
部屋から出られない。
光りのエネルギーが大きくて
カーテンも閉めっぱなし。
換気もなにもあったもんじゃない。

雑木林も小石川も
外気温度36℃では遠すぎる。






森の生活にあこがれるけれど。
私には無理だ。
終の棲家にするなんて到底不可能。
季節ごとにひと月滞在とかならしたいけど。
そんな半端な贅沢するには財力がいる。


街が平熱に戻るまでもうすこし。

花の季節は過ぎて
樹々が種を抱きはじめた。

鑑賞用トウガラシ。
ギボウシ。
セイヨウニンジンボク。
ムクゲ。


風が恋しい。


 



2022年8月12日金曜日

ゆうがお




 

午後6時過ぎ。もうあと1時間遅ければキレイに開いていたかな。

ヨルガオ(白花夕顔)





小学校2年の夏休みを、母方祖母の住む久留米で過ごした。
私の「夏休み」の原点。
特別なにかがあったわけではないのだけれど、思い出すなにもかもが懐かしい。

昔の日本家屋の、和室がみっつくらい繋がった造りで、襖を取り払った夏の設えでとても広かった。祖父母と伯父の家族、独身の叔父が暮らす家。



祖父は一番奥まった和室の床の間を背に座っていた姿しか記憶にない。薄暗い床の間には骨董品がいっぱい並んでいて、煤けた古い泥人形や掛け軸なんかが不気味で、無口な爺様もコットウのひとつみたいだった。
「お船のおじちゃん」と呼んでいた伯父は貨物の船乗りで、夏の頃はアルゼンチンかチリか想像もつかないような遠くに行って留守だった。
従妹にあたるちいさな女の子がいたのだけど、病気だから2階で寝てると聞かされて姿を見た記憶がない。
年若い叔父と日曜日には蓮池に泥亀釣りにいった。泥池にハマった。ツキボシに勤めている叔父が運動靴をくれた。



毎朝、祖母と一緒に祖母の畑へ行った。
四角い草地で、ぐるりと背の高い樹に囲まれていた。昔はここまでお城だったというそのひと隅に夏野菜を作っていた。ナスやキュウリが生っているのをちゃんと見るのはそれが初めてだっただろう。教えてもらって収穫した。そうだ思い出した。昔トマトは美味しくなかった。酸っぱいばかりで、砂糖をかけて出された。ちゃんと食べたのかな?

トンボがいっぱい飛んでいた。草を踏むとバッタが跳ねた。追いかけて遊んだ。
井戸に落ちた。刈った草を放ってある空井戸で、ただ落ちただけだったのだけど、出られなかった。背が足りなかった。よじ登れそうな取っ掛かりもなかった。仕方なく祖母を呼んだ。祖母では引っ張り上げるのが無理だった。祖母がひとを呼びに行った。男の人が飛び降りてきて私を放り上げた。麦茶を飲んでおにぎりを食べた。

野菜を持って帰ってスイカを食べた。昼寝をした。
熱を出した。祖母と病院へ行った。帰りにミルクセエキを飲んだ。粉薬はオブラートで包んでくれた。

午後、祖母は手仕事をした。
厚手の和紙に墨書きするのを眺めた。墨をするのを手伝った。お寺へ届けた。水菓子をよばれた。
糸掛け毬を作った。糸の掛け方を教えてもらった。リリアンを解きながら掛ける子ども向けのやり方で色糸の偶然の重なりでそれなりにキレイな模様になったけれど、祖母の手の中で生まれる柄が綺麗だった。
お茶を点ててもらった。作法も何もなく縁側に腰掛けて飲んだ。甘かった。砂糖を入れてくれていた。

毎日祖母の側にいて、祖母のすることを眺めていた。



久留米の家のお風呂は母屋と路地を挟んだ向かいにあった。
夕ご飯をすませて祖母と一緒にお風呂から上がって勝手口に向かうと、正面に白い大きな花が咲いていた。台所の灯りは点いていて、勝手口の扉の外は暗くて。宵闇に浮かぶみたいな丸い白花。祖母に名を問うと「ユウガオ」と教えてくれた。


ユウガオは久留米のおばあちゃんだ。
ユウガオの種や苗を見つけるたびに育ててみたい思いが湧くんだけど、そのたび祖母の家のユウガオを思い出し、どう設えてもあの姿は再現できそうもないなぁと思い直す。




祖母 峰子






2022年8月1日月曜日

タマリンド&レモン

 





毎日まいにち、、言ってもしょぉもないけど。暑い。

日照時間長すぎないか?夏至過ぎてひと月も経つのに6時をだいぶ回ってまだこんな陽射し。
エノコログサはきらきら綺麗だったけど。



 *



夏のベランダの常連が今年は不在。

5月にともだちに分けてもらったタマリンドが今年は発芽しなかった。
3回植えてみたんだけど、3回とも土に溶けて還ってしまった。
エスニックマーケットの鞘のままのタマリンドなんだけど。
なぜだろ。出荷の時になにか熱処理のようなことしてるのだろうか?

硝子戸の向こうでさわさわと揺れるタマリンドの森を眺めるのが夏の愉しみなんだけど。
タマリンドの葉が揺れてるだけで夏の陽射しが柔らかく美しくなるんだけど。
淋しい。

まあこの一週間は、午後いっぱい陽がはいる南向きの私の部屋は遮光カーテンをあけられないくらいの酷暑だったので、ベランダを眺めることもできなかったんだけど。


 *


今年はレモンの種も不運で。
鳥やネズミに掘り返されて食べられてしまった。
一度被害に遭った後、網戸用のネットをかけておいたんだけど、ネット食い破られていた。
ネズミだねぇ。発芽しかけたふっくらした種はさぞ美味しかったことでしょう。
私はがっかりだけどね。

残った鉢に、夜はバケツ被せてガード。双葉がでたくらいには荒らされなくなった。
で、今年はレモンの鉢をナミアゲハの保育園に開放することにした。
アゲハが飛んできてるのを部屋からみつけたけど、追い払う気になれず。
もう今年のレモンはベランダの客たちに饗応してしまおうということで。






この写真の鉢に、4匹のチビクソムシが育っている。
どのコが生き残るかな。毎朝の生存確認が日課になった。



明日も暑そう。