「雨の島」呉明益
結局のところ人類の文明はどの段階を取っても(フィクションを生み出す能力と想像力を含めて)自然環境と私たち自身の生物的本質との関係から切り離せない <作者あとがき>
ネイチャーライティングという言葉を知らなかったけれど、ヘンリー・ソローの「ウォールデン 森の生活」やレイチェル・カーソン「沈黙の春」「センス・オブ・ワンダー」が代表的な作品といわれて、私が呉明益の作品に惹かれるのはだからなのだなと思う。
呉明益は自然誌やエッセイといったノンフィクションに寄りがちな思弁を物語に昇華させようとしている。それを私は心地良く読んだ。
森に踏み入らなくても、海に身をゆだねなくても、生身の身体という“自然”を私たちは生きている。「闇夜、黒い大地と黒い山」「人はいかにして言語を学ぶか」「アイスシールドの森」「雲は高度二千メートルに」「とこしえに受胎する女性」「サシバ、ベンガル虎および七人の少年少女」の6編の登場人物はみな自然を感応している。大きな自然を怖れていない。いいなぁ。
舞台は太平洋の西の縁にある島、台湾。時は、ほんのすこし先の未来。
AIやクラウドネットワークさえも森と山と海に抱かれて存在して違和感がない。前作の「複眼人」がそうだったように、自然環境は持続可能性の引き返し不能点を踏み越えて人新生に入っている。そんな時代。だけど、人の営みは素朴で土俗的でもあってまだ自然の懐は深い。
太陽に敗けない肌を持ちなさい
潮風にとけあう髪を持ちなさい
どこまでも 泳げる力と
いつまでも 唄える心と
魚に触れる様な
しなやかな指を持ちなさい
海へ来なさい 海へ来なさい
そして心から 幸福になりなさい
陽水の「海へ来なさい」の歌詞を思い出す。
人類全体がそんな風に進化したらいいのに。
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