- クリスの部屋
目覚ましが鳴る。 - 洗面所
身支度をするクリス。デオドラントを塗り、長い髪を結う。 - 叔父の部屋
カーテンを開けるクリス。叔父の着替えを手伝う。
シャツを着せ、靴下を履かせる。 - 食卓
割って焼いた丸パンにバターとスプレッドを塗って食べる叔父。
珈琲とミルク。
本を読みながらシリアルを食べるクリス。
テレビが朝鮮半島のニュースを伝える。 - 牛舎
牛に干し草を与えるクリス。
歩行カートに飼料の入ったバケツを積んで運んでくる叔父。 - 倉庫
叔父が梯子に上って建物のネジを締めている。
トラクターで通りかかるクリス。 - 同じ倉庫
クリスがネジを締めなおしている。
カートに座ってそれを見る叔父。 - キッチン
手を洗うクリス。
叔父が入って来たのに気づきソープのパックを彼に見える場所に置き換える。
ソープで手を洗う叔父。 - 食卓
叔父は丸パン。クリスはシリアル。
叔父はテレビ、クリスは本。
難民のニュース。 - 居間のソファで昼寝をする叔父。
- 牛舎
トラクターで干し草を運ぶクリス。 - 農場
二人でシーツの両端を持ってシワを伸ばしながら洗濯物を畳んでいる。
シーツを持つクリスのほうにカートに座る叔父が引っ張られて寄って来る。
クリスの小さな笑い声。畳んだシーツで叔父の頭をポン。 - 自家用車
運転は叔父、クリスは助手席。 - スーパーマーケット
買い物カートを支えに歩く叔父。食品をカートに入れてゆくクリス。
叔父「ヌテラを」
ヌテラをカートに入れるクリス。
そのあとも会話と言えるようなものはないまま一日の暮らしが過ぎていく。
風呂を使う叔父の様子をドア越しに気に掛けるクリス。
風呂を使う叔父の様子をドア越しに気に掛けるクリス。
着替えに手を貸し、食卓で夕飯を取る。
皿にはソーセージが見える。朝昼よりは料理っぽいものだけれど質素で、叔父がテレビ、クリスが本(夜はナンプレ)を開いている様子は変わらない。特に会話はない。
食事の後は居間でふたりでボードゲームをする。スクラブルというのだっけ、駒を並べて単語を作っていくゲーム。
駒を並べて作った単語「かがやき」と言うのが、クリスの初めてのセリフ。
ここまで、何分だろう。寡黙な映画だ。
でも、これが二人の暮らしで二人の間柄なのが良く分かる。
20代の娘とたぶん70歳過ぎの老人とで、会話が弾むはずがないのだから。
だからと言って関係が冷たいわけではない。ふたりがたがいを気遣っているのはよくわかる。若く健康なクリスと、老いて身体が利かなくなっている叔父で、暮らしの大部分をクリスが担っている不均衡も見えるけれど。
このあと、ちいさな変化の兆しが訪れるのだけれど、ヌテラを塗った丸パンとシリアルを食べながら過ぎてゆく日々というものが「生活」なんだと、人の暮らしなんだと思う。
良いでも悪いでもない。そうやって生きて過ぎてゆく。
ドキュメンタリーを観ているのかと思うような、嘘のない映画だなと思う。
寡黙、というのでは生活音の他に音楽もなく一時間進むんだけど、だからふいに流れた「音楽」が印象に残った。たぶん知ってる音楽で余計にハッとしたんだけど。
ちょっとアレンジが違うのかな、自信がなかったので調べたんだけど出てこない。
初めてChatGPTに質問してしまった。
「映画 わたしの叔父さん で使われた曲のタイトル教えて」って(笑)
ところがなんど質問変えて訊いても
「わたしの叔父さんに音楽は使われていません」とか言いよるのじゃ。
ChatGPT使えねぇ。
ググって映画評とかブログとか見ても「一切音楽も流れず…」とかみんな言ってて。
あの曲に言及するひといなくて、逆にびっくり。
ずうっと生活音とぽつりぽつりとした会話だけで進むから、逆にあの曲が記憶に残らないってそんなのある?って思った。
いや、ファンファーレが鳴り響くわけじゃないよ。この映画に似つかわしい密やかな曲なんだけどさ。公開時とアマプラで違うバージョンなのか?な、わけないよね。
自力で、そうよね、これよねと言う曲名探し出したけど。
なんでこんなに謎なのか、不思議。
映画のクレジットにComposerフレミング・ベルグとあって、え?オリジナルなの?
私の勘違い?(ありうるけど) 謎だわ。
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